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人生はくそ

心が貧しい

雑多な思考

今週のお題「わたしの本棚」

今、本棚が荒れに荒れている。去年の引っ越し時点で既に一杯だったところへ、読みもしないくせに「はじめに」の印象でふわっと購入された本たちが次々とねじ込まれた結果、収まりきらない分がこれでもかとばかりに平積みされた、見事なまでに見苦しい本棚が誕生した。こういう本棚は、見た目が悪いのもそうだが、何より手が伸びづらいのがいけない。生来よりの物臭である僕でなくとも、平積み本をのけて目的の本を取り出す仕事はやはり億劫に思われるに違いない。だからだろうか、気付いたらめっきり本を読まなくなった。これは良くないと思ったから、近いうちにでも新しい本棚を買って蔵書整理をせねば、と考えている(という発言を数ヵ月前から方々でしておきながら、あれこれ言い訳をして先伸ばししまくっていたけれど、いい加減まずいのでちゃんと動きます)。

あと、これもついでに整理しておかなば、と思っているのがあって、それは自分の思考である。昔から何かについて考えるのが苦手で、物事を理路整然と語ろうとするのに物凄い労力を使ってしまうのだが、これはひとつに、これまで得た知識や考えついたこととかを日頃から整頓していないからなのだと思う。先程も言った通り僕は物臭だから、そういうことをしないでとりあえずなあなあに日々を過ごしてしまっているが、こんな感じにだらだら生きているとさあいざ議論しましょうって時だとか(今日みたいに)何かものを書こうって時だとかに色々苦労するわけである。まず何を考えればいいのか、雑然とした思考の山積みを見ただけではまるでぴんと来ないし、なんとかしてじゃあこれについて考えてみようとなったところで、山に手を伸ばそうとすると、その指先では余計なものがあれやこれや行く手を阻んでいて、気が散ってしまう。さっきの本棚の話みたいに、邪魔なものをどけて目的物を取ってくるのは面倒なことだし、ましてや怠惰なものにとっては尚更である。怠惰だからこそ、いざという時重い腰を少しでも軽くするために、日頃からマメに自身の周囲を小綺麗にしていかないといけないのだ。でないと後々泣き目を見るのは自分なのだから。

恐らく我が家の本棚に始まる身の回りのものは、こういった心の状態と互いに影響しあっている。ごちゃごちゃした思考が僕の本棚をカオスにし、カオスな本棚は僕の思考をごちゃごちゃにする。この負のスパイラルからはさっさと抜け出さないといけない。さもなくばこんな駄文製造機のまま一生を終える。それじゃ余りに情けない。というわけで近日中に本棚買います。また金が減る。ひいい。