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人生はくそ

心が貧しい

「一橋大学アウティング事件 裁判経過の報告と共に考える集い」に行って思ったこと(2)

前回のはこちら

legomena.hateblo.jp

被告の立場から考える

 前回の投稿では、アウティングが持つ暴力性というものをこれでもかとなじったわけだが、しかし、アウティングした側ばかりを一方的に断じることに、いくらかの後味の悪さが残るのも事実である。ある人の中には、次のような疑問が生じることがある。「カミングアウトや告白は、聞き手に心理的なショックを与えるのみならず、性的少数者であるという事実を秘密にすることを強いる行為であり、その点今回自殺したAにも問題があったのであり、Zがアウティングに至ったのにもある程度の正当性があるのではないか?」

 結論から言ってしまえば、Zのアウティングに正当性はないように思われる。わざわざAの入っているラインに投下せずとも、もっと別のコミュニティ、例えばサークルなり中学や高校の同期なりに相談すれば、Zがアウティングの正当性の理由として挙げた「精神的苦痛の回避」は達成できたはずであるからである。この点、パネリストの原氏も、Zの属するコミュニティの中でも、Aの交友関係とクロスしないところで、問題を解決すべきだった、という形で言及している*1。さらに、仮にも秘密とされるべき事実を共通のコミュニティで公言すれば、それこそ今度はAに多大な精神的苦痛を与えることになるということは、Aに対する悪意があったにせよないにせよ、容易く予見できたはずである。したがって、状況を打破するにはアウティングするしかなかった、ということにはならないし、アウティングの加害性自体も一般人であれは明らかに認知できるわけだから、Zの行為は、その限りで責めに帰せられるものと考えられる。

 ただ、こう理屈を並べてみたところで、先程のような疑問を抱いた人が納得するとは思わない。まず、(あまりいい言葉ではないから使いたくないのだが)「カミングアウトや告白の暴力性」という問題が置き去りにされているのではないか、という反論があるだろう。まあ、カミングアウトや告白の暴力性なるものがZを脅かしているのだからZに非はない、という論理で考えている人に、アウティングの危険性を述べたところで話がかみ合うはずがないのだけれど、少し考えてみると、このような、Aの行為にも問題があったのだ、というたぐいの言葉の裏には、Aがこの事件の「そもそも」の原因だったのだ、という信念が横たわっているように思う。「そもそもAが告白さえして来なければ、Zは思い悩むこともアウティングによって結果的にAを死なせることも無かったし、Zや大学が裁判で訴えられることもなかったのではないか」という疑念、Zが背負っ(てしまっ)た運命に対する理不尽さによって、Aに対する人々の怒りは支えられているのではないだろうか。

 この構図は、いじめや痴漢・強姦被害者に対する非難に似ている。事件の被害者は、「いじめられる方にも問題がある」とか、「男性の興味を引くような服装をしていたのが悪い」「一人で夜道を歩いているのが悪い」といった言葉によってしばしば傷つけられているのだが、これについては、公正世界仮説(信念)*2の観点から研究がなされている*3。今回の件についても批判者は、Aが自殺にまで追い込まれたのは、Aに何か問題があったせいであるとすることで、自身の心の中にある公正な世界を保とうとしていた、と分析することもできるかもしれない。しかし、当然ながらこのような分析は、告白やカミングアウトの持つ苛烈さ、Zが置かれていた、そして今置かれている(とされる)境遇の理不尽さに答えを与えない。

告白やカミングアウトは暴力か?

 性的少数者であるという事実が、いまだ重苦しいものとして受け止められてしまっている以上、カミングアウトが、相手に少なからぬショックを与えるのは事実である。「親しい間柄であれば、衝撃の大きい事実でも受け止められるはずである」と考えることもできなくはないが、むしろ、カムアウトする側との親交が深ければ深いほど、(今回の場合)聞き手の依拠しているジェンダー的な倫理観とカミングアウトされた内容とが相反した場合に、友情と価値観の乖離とそこから生じる苦しみ*4は一層深刻なものになる。

 さらに告白となると、これに双方の性的指向の相違が加わる。ここで、告白された側には、自身の指向が期待しえない好意が予期せず差し向けられる。達成しえない精神的結合(と、暗に肉体的結合)が要求されていることが感覚され、告白された側は当惑と、場合によっては不快感を抱く。ここでいう「達成しえない」というは、単にこの人は好みじゃなかったとか、この人とは上手くいけなさそうだなといった判断以前のレベル、生理的、根源的レベルでの拒絶に基づく達成の不可能性を意味する。それだから、双方に生じる隔絶は決定的で致命的なものとなる。

 こう見てみると、カミングアウトも告白も、おぞましいもののように思えてくる。いや、実際、おぞましいものなのだと思う。突然、知り合いに関するセンシティブな情報を知らされ、かつ暗にそれを守秘するべきものとして背負わされないといけないというのは、やはりそれ自体として気の重くなるものであるし、まして応え得ない好意が自身に向けられれば、尚更だろう。また、カミングアウト/告白する側にとっても、分かり合えないものと対峙した人間が見せる態度、表情(たとえ表面上取り繕われたものだとしても、取り繕われたものだと分かる限りでそれはひどく残酷なものでありうる)を、これほど生々しく見せつけられる瞬間は他にないのではないか。カミングアウトも告白も、そう意味で暴力なのであると言われたら、僕はそれを否定することができない。

(つづく)

 p.s. アウティング事件と全然関係なくてすみません。ただ、人々(時に僕)が抱いてしまう不条理感に立ち向かうためには、こういう話をするしかないように思います。また、こういう話を抜きにしてしまうと、今後判決が下されても、ただの後味の悪い事件として終わってしまいかねないとも思ったのです。自分だって後味悪い文章を書いておいて(つづく)で逃げておいて何を言っているのだって感じですが。

*1:加えて、Zにはこういう悩みを打ち明けられたときにどう対処すべきか、ということを経験として知らなかったのではないかとも言っていたが、本当のところはどうだか分からない。だがいずれにせよ、Zの対応に問題があったということにはなるのだが。

*2:これは、平たく言えば「世界は公正にできており、誰かがよくない目に遭ったのならばそれはその人に非難されるべきところがあるからだ」という、われわれの生きる世界に対する信念である。

*3:性犯罪に関しては、多分に女性蔑視の問題も絡んでいるし、これ自体重要なテーマであるけれど、ここでは措いておく。

*4:人によってはこのやり場のない苦しみを怒りに転化させる者がいるかもしれない。この怒りが次にいう「根源的レベルでの拒絶」と組み合わせられて、突発的な嫌悪や憎悪へと至るのではないかと勝手に思う。

「一橋大学アウティング事件 裁判経過の報告と共に考える集い」に行って思ったこと(1)

 去る5月5日、明治大学駿河台キャンパスにて「一橋大学アウティング事件裁判経過の報告と共に考える集い」というものがあったので、行ってきた。

 御茶ノ水にある駿河台キャンパスには、リバティタワーという、校舎にしてはやたらと巨大な23階建てのビルがそびえているのだが、その1階にある1012教室で、この集会は開かれた。結構大きな教室なのだが、僕が到着した開会15分前には、すでに満員になっていた。300部用意されていたというレジュメも、僕の目の前でちょうど売り切れてしまった。泣く泣く手ぶらで入場した後も参加者はどんどんと押し寄せ、開会の時刻には、扉の外の廊下にまで溢れかえるほどにまでなった。この事件に対する人々の関心の高さを、改めて感じた。

 一橋アウティング事件とは、ゲイである一橋大学法科大学院生が、同級生から受けたアウティング、およびこれに対する大学の不適切な対応を苦に自殺した、という事件である。残念ながら、この事件含め、性的少数者に関するニュースというものはとにかくセンシティブなものとして扱われがちで、世間で大きく取り沙汰されることは少ない*1。だから、この事件の詳細はおろか、そもそも事件の存在さえ知らない人がいても無理のないことのように思われる。というわけで、そのような人のために、事件の経緯を簡単にまとめる。

 

 当時一橋大学法科大学院生であったAは男性同性愛者で、同じクラスの男子学生Zに好意を寄せていた。Aは2015年4月、LINEを通じてZに告白をする。この時点でZは、付き合うことはできないが、今後も友人としてやっていきたい、という旨の反応をしたのであるが、後日Zは、AやZ、その他同級生がメンバーとなっているLINEグループに、「お前がゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん(Aの実名)」と投稿。これを期にAは心身に不調を来すようになり、Zの姿を見ると吐き気や動機を催すほどにまで至った。Aは法科大学院の教授や大学のハラスメント相談室に相談したが、後述するように(被告の主張する限りでは)不適切、不十分な対応をされるに留まった。そして8月24日、AはZも参加する必修の模擬裁判の途中にAはパニック発作を起こし、保健センターにて処置を受けた後、授業に戻るとして保健センターを出た。その後Aは先述のLINEグループに「(Bの実名)が弁護士になるような法曹界なら、もう自分の理想はこの世界にない」「いままでよくしてくれてありがとう」という投稿ののち、キャンパス内の建物の6階から飛び降り自殺した。これを受けAの遺族は、2016年3月、Zと大学を相手取り、計300万円の損害賠償訴訟を東京地裁に起こし、現在も係争中である。

 

 今回の集会では、(1)この民事訴訟の経過について弁護士から報告がなされ、次いで(2)有志による追悼集会・裁判傍聴の報告、(3)明大教授の鈴木賢氏による基調講演と続き、休憩を挟んで、(4)有志の追悼の言葉、(5)家族によるビデオメッセージ、最後に、(6)パネルディスカッションという具合に進行していった。この投稿では、これらの内容すべてを網羅的にメモから書き起こすようなことはしない。分量が膨大になるのと、それ以前にすでに他の参加者によって適切な形でなされているからである。*2例えば次の通り。

togetter.com

だからここでは、本集会及び一橋アウティング事件に対する、個人的な感想をいくつか述べるにとどめる。何が語られたのかももちろん重要だが、一当事者として考えたことを(たとえ通り一遍の内容であろうと)何かしらの形で表現するのも、同じくらい重要だろうからである。なお、書きたいことが多すぎるのと、自分の筆不精もあって何日かに分けて投稿することにする。

アウティングの暴力性

 去年の夏ごろだろうか。このニュースを聞いてかなりの衝撃を受けたのを、今でも覚えている。ただでさえ性的少数者に関するニュースが取り沙汰されるのは珍しいというのに、ましてアウティングによる自殺だというのだから。

 僕だけでなく、ほとんどの性的少数者は、アウティングされるということがどれだけ恐ろしいことなのかを、薄々、もしくは直接肌で、知っているはずである。

 アウティングとは、性的少数者などに対して、「本人の了解を得ずに、公にしていない性的指向性自認等の秘密を暴露する行動のこと」(Wikipedia)である。アウティングのパターンは多岐に渡り、行為の面で言えば、カミングアウトされた友人や同僚が他の知り合いにバラすといったものだけでなく、例えばある有名人が、同性愛スキャンダルだの何だのとゴシップ紙に書き立てられることも、アウティングに該当する。動機や目的も、相手の名誉の毀損、性的少数者に対する憎悪、面白半分と、色々考えられるが、その外的・内的形態がどうであれ、アウティングは当事者のプライバシー権を侵害するものである。プライバシー権というと抽象的で分かりづらいが、要するに自分に関する情報をコントロールする権利である。ここでいうプライバシー権の侵害とは、自分が秘しておきたい性自認性的指向だとかを、他者によって不当に暴露されてしまうなのことである。

 上で暗に示したように、アウティングの被害を受けた性的少数者は数多くいる。実は本集会で基調講演をなさった鈴木氏も、その被害者の一人なのである*3

 鈴木氏が北海道大学に在籍していた頃、彼が台湾人男性と開いた結婚式などについて某週刊誌に暴露されたのである。レジュメが手元にないので正確な見出しや内容はわからないのだが、まあ週刊誌らしい猥雑な語彙がふんだんに散りばめられていたように記憶している。鈴木氏はさも大したことでないかのような話しぶりを保ってはいたが、想像するに、当時、そして今も、言い知れぬ怒りや不安、悲しさがこみあげていたのではなかろうか。なんせ、パートナーとの祝福すべき、そして密やかな契約が、自らの知らぬところを通じて知られ、挙句の果てに面白可笑しく書き立てられたのだから。

 実は、僕もアウティングの被害を受けている。この前中学同期の友人から聞いたのだが、彼がある同期Xと喋っていて、僕の話になった時、Xがこう言ったのだそうだ。「あいつゲイなんだって。お前も気をつけろよ」。僕は中学生の頃に好きだった人に告白したことがあるのだが、どうやらこのことがいつの間にか同期中に知れ渡っていたようなのである。僕とほとんど喋ったことがなく、共通の友人もいないXが知っているのだから、噂は何人もの口を経て伝播しているはずで、恐らくかなりの人にバレているんだろう。僕は怖くなった。未だに誰がアウティングしたのかがわからない以上、誰も信じることができないのである。

 アウティングが責められるべき所以のひとつは、プライバシー権の侵害に必然的に付随する裏切り、つまり、この人だったら告白しても受け止めてくれるだろう、カミングアウトしても受け止めてくれるだろう、といったような信頼に対する裏切りにある。信頼していた友人、同僚に秘密を口外されることのショックは、誰もが知るところである。また、この社会において、異性愛以外の性的指向、肉体の性と異なる性自認を公にされることは、極めてリスクの高いことである。今でこそ、性的少数者の認知自体は以前より進んでいる面はあるが、彼らに向けられた偏見、好奇の目は未だ根深く残っているのが現状である。そのような世界で、自らの性的指向性自認を不用意に開示されてしまうのは、耐え難い恐怖と屈辱なのだ。つまり、アウティングによって被害者は、信頼のおける人物によってのみならず、無理解な社会からも傷つけられるのであり、したがって、この言葉は本集会でも何度も言われてきたことなのだが、「アウティングは暴力である」。しかも、今回の事件のように人を死に至らしめることも少なくない苛烈な暴力なのである。

(つづく)

(2016.05.30 つづきのリンクと脚注を追加。)

*1:例えば去年こんな記事が書かれた。なぜ日本の大手メディアは、性的マイノリティーの問題にこうも鈍感なのか(牧野 洋) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

*2:また、言い訳がましいのだが、特に(4)と(5)については、内容が内容なので事細やかにメモをするのがためらわれたというのもあって、ちゃんとしたメモが無い今、正確にその言葉を伝えるということに責任が取れないという部分もある。今となっては、こういう言葉こそ書き留められ伝えられるべきものだったと思い後悔している。

*3:ここにこのことを書くのもアウティングじゃないんかいって思われそうだが、鈴木氏は例えばここでゲイであると公言しているから、少なくとも上に言った定義のもとでのアウティングには該当しない。しかし、ここで問題になっている権利が、「自分に関する情報をコントロールする権利」である以上、「あなた自分で公言してるんだからいくら言いふらしたって構わないでしょ」という素朴な発想は慎まなければならないと考える。

出会いについて

 おとといの夜のこと。あの日は上野の街を徘徊していた。安くて適度に人の入っている居酒屋を求めていたのだ。無論、安いのがいいことは言うまでもないが、程々の込み具合の飲食店というのは、そこに身を置くことで、自分自身の個が多数の中に埋もれることも、逆に際立てられることもなく、程よい適切な孤独さを楽しむことができる場所である。しかし、おひとりさまが行けそうなカウンターのある店は、どこも満員かさもなくばすっかりガラガラでほぼ店主と一対一か、といった具合であった。

 ともかくそういうわけなので、居酒屋に入ろうにも入れず、失意の中虚ろな目をしながらアメ横の喧騒にもみくちゃにされていた。この街には、未だ素面の人、ほろ酔いのひと、べろんべろんに酔ったひとなど色々いるが、それぞれが思い思いの話をし合って盛り上がっているのを、冷風除けのためのビニール越しに見ていると、どうにもうら寂しい心地がしてしまった。一度どこかに腰を据えて酒を飲んでしまえば、そういうひとたちなどすっかり蚊帳の外となるのだが、自分の居場所も定まらぬまま見せられる、多数の多数による華やいだ酒宴が与えるものは、疎外感でなくて何なのだろうか。「う~わ、また鬱になってるよこのひとwww」などと茶々を入れるメタな自己が、自分の健やかな精神にとっての最後の砦なのだが、じきにそいつも息をしなくなっていた。すっかり嫌気が差した。「もういいや、今日は柏の日高屋で飲んでやる」などと考えながら、僕は帰りの常磐線に乗った(ちなみに、色々不本意な部分はあるものの、日高屋サイゼリヤなどは、「安くて適度に人の入っている」という要件をばっちり満たしているという点では、とても居心地がいい)。

 いらんことで脳が疲れていたので、程なくして寝てしまった。気付いたら柏駅にいた。ふらふらと電車を降り、改札を出る。柏なんて、ちょっと外れに行けばド田舎なくせに、駅だけはやたらひとが多い。嫌だ嫌だと思いながらコンコースを突っ切る。すると、毎朝毎晩繰り返されるこの小さな苦行のさなか、耳慣れない音楽が東口方面から届いているのが分かった。柏市は、全国でも珍しいのか珍しくないのかは知らないが、ストリートミュージシャンの活動を自治体として公式で支援していて、毎日誰かしらが柏駅ペデストリアンデッキの隅で演奏しているのを聞くことができる。だから、改札近くで誰かが演奏していること自体はまったく珍しい光景ではなかった。そのはずだったのだが、なぜかその日の僕は、東口から聞こえるその演奏に並々ならぬ興味を覚えた。

 変ホ長調ハ短調の間をたゆたいながら反復される響きと音型。短二度を含む静謐なアルペジオが絶え間なく提示される音的世界は、さながらジョン・ケージの『ある風景の中で』(In a landscape)のようであった。

John Cage: In a landscape (1948) - YouTube

 そしてそれは遠目から見る限り、金属でできたどら焼き状のものを手で打撃することによって生み出されていた。その音色は、金属より発せられる音でありながら刺々しくなく、ハープのように柔和ではかなく、スティールドラムのように明瞭でふくよかだった。

 僕はこの演奏をずっと聞いていたいと思った。つまらぬことで疲弊しきってスカスカになった精神の隙間を隈なく充填する響きに、ずっと身を委ねていたいと思った。前述の通り柏駅はひとだらけで、演奏している目の前で立ち止まるのはやや憚られたから、また、真正のコミュ障たる自分には、奏者の真正面で聞く勇気もなかったから、演奏するその後ろからちょっと離れたところで、静かに聞いておくことにした。

 僕はこういう時に感じる感動を素直にかつ適切に伝えるのがとても苦手だ。正確にこの感情を伝えようと欲すれば、上に書いたようなすこぶるきな臭い文章しか考えつかないし、そもそもこの気持ちはこんな衒学的な美辞麗句でもって表現すべきものなのだろうか、とさえ思う。とはいえ、このまま内に秘めたままくすぶらせて置くわけにも行かなかった。なんとかして、何かしらの形でこの気持ちを伝えなければ。そう思った僕は、あれこれ考えた挙句、無言で相手の顔さえ見ずに投げ銭をして、そのまま逃げるように去った。後ろから「ありがとうございます」と声が聞こえたが、振り向かなかった。

 その後、日高屋に行って三種盛り合わせ(焼き鳥とキムチとメンマが乗ってるやつ)で生と日本酒を飲んだ。

 あれで良かったのだろうか、とぐずぐず考えていた。背後から突然現れて何も言わず目も合わせずお金を置いていくとか、普通に考えたら気持ち悪すぎるよな~~~ストーカーみたいだな~~~って思うし、そもそもの話、何かを良いと思ったのならばその良いものを生み出した人に面と向かって感謝申し上げるのが道義だし、というかそういう道義がどうとかいう以前にちゃんと感謝したかったし、あ~~~~下手こいた~~~~~と一人反省会を脳内で繰り広げていた。目の前の中年二人がふかすタバコの煙が、入り口から入る寒風に乗って僕の顔に吹きかかる。店を出る頃には、もうあのひとも引き上げているだろう。今更ああだこうだ考えても遅かろう。それっきしの出会いだったのだ。そう思うことにした。隣のおばさんは、お冷の氷をれんげで一気に掬ったかと思えば、先程到着した中華そばの中にどばっと入れ、何食わぬ顔で麺をすすり始めた。僕は日本酒の二合目と麻婆豆腐を注文した。追加でライスも注文した。伝票を見たら二千円近く行っていた。

 ふらふらと日高屋を出た。駅を降りたときと比べたら、人通りもずいぶん落ち着いていた。また夜は、数時間経つ間により一層冷え込んでいるように思われた。

 何か聞こえた。

 なんとまだあのひとが演奏していたのだった。

 さあここでまつのべどうする!?声をかけないと後々後悔するぞ!!!でもこの酩酊状態の中声をかけたらドン引きされること必至!!!!それでも行くかまつのべ!?!??どうする!?!?!?

 最終的に勇気を出して声をかけた。

(以下うろ覚え)
「あの、すみません、あの、すごく演奏良かったです」
「あ、ありがとうございます、さっき後ろで聞いていた方ですよね?」
「あっ、はい、そうですはい。なんかすみませんお金でしか伝えることができなくて、すみません…」
「いや、いや……」
「あの、その、僕、すごく応援してるんで、ほんと、あなたの音楽がすごく良いって思って、応援してます、頑張ってください」
「あ、ありがとうございます……」
「いや、ほんとに応援してるんで、頑張ってください、ほんと……」(以下続く)

 控えめに言ってめちゃくちゃ気味悪いひとになってしまった。思うところはちゃんと言えたが別の意味ですごく後悔した。とはいえ、しない後悔よりする後悔、という。これでよかったのだと思うことにした。「ここだとほとんど立ち止まって声をかけてくれる人がいないので有難いです」と言われて少し救われた。

 去り際に名刺を頂いた。見るに、フランス人の二人組と一緒にバンドを組んでいるようであった。そういえば、今は柏でストリートをやっているが、じきに台湾に旅立つといったことをおっしゃっていた。台湾でこのペアと落ち合って、演奏活動を続けるのだろうか。このまま世界を放浪し続けるのだろうか。などとぼんやり考えた。

 また、そのひとの演奏しているそれは、ハンドパンと呼ばれる楽器であった。割合最近に生まれた楽器で、欧州などでひそかな人気を集めているらしい。詳しくはWikipediaYouTubeなどをご覧いただきたい。なお、先程の方の演奏は、"Kashiwa Hang"と検索すればお聞きいただくことができる。例えば、こちら。

Kashiwa Hang, Play handpan @ Danshui, Taipei 台北淡水 2016/10/16 - YouTube

 最後になるが、以上の体験は、自分にとって極めて特異なものであった。ひとつは、これまでの音楽的経験の中で、単に情緒的であるのみならず非常に示唆に富んだ経験であったという点で。もうひとつ、人生に嫌気が差したこんな自分も、こういう感動に出会えるのだ、という驚きがあったという点で。得てして、世間を斜に構えて眺める人間にとって「出会い」という言葉はしばしば軽薄に扱われるが、ここに書いたような思いがけない出会いは、そのような偏狭な見方を改めてくれる、場合がある。

立岩真也『私的所有論 第2版』目次

私的所有論第2版 目次


(第2版序)

第1章 私的所有という主題
1. 私的所有という主題
2. 主題が置かれている環境

第2章 私的所有の無根拠と根拠
1. 所有という問題
2. 自己制御→自己所有の論理
3. 効果による正当化と正当化の不可能性
4. 正当化の不可能性

第3章 批判はどこまで行けているか
1. 自己決定の条件
2. 公平という視点
3. 交換と贈与について

第4章 他者
1. 他者という存在
2. 境界
3. 自己決定
4. 技術について
5. 生殖技術について

第5章 線引き問題という問題
1. 自己決定能力は他者であることの条件ではない
2. 線はないが線は引かれる
3. 人間/非人間という境界
4. はじまりという境界

第6章 個体への政治
1. 非関与・均一の関与
2. 主体化
3. 性能への介入
4. 戦略の複綜

第7章 代わりの道と行き止まり
1. 別の因果
2. 不可知による連帯
3. 抵抗としての自由
4. より「根底的」な批判
5. 行き止まりを通り抜ける

第8章 能力主義を否定する能力主義の肯定
1. 問い
2. I〈私が作ったものが私である〉の否定
3. II〈能力に応じた分配〉の否定+肯定
4. III〈能力しか評価してはならない〉の肯定
5. 結論と応用問題への回答と解けない問題

第9章 正しい優生学とつきあう
1. 出生前診断
2. 女性の「自己決定」という設定の錯誤
3. 「当事者」の不在
4. なぜ私達は行うのか
5. 何がなされうるだろうか
6. 積極的優生について
7. 引き受けないこと

ごく単純な基本・確かに不確かな境界――第2版補章・1――
1. 単純な批判と基本的な位置
2. 人に纏わる境界
3. 人に対する人
4. 人に纏わるもの・世界
5. 分けられるものの分け方

いきさつ・それから――第2版補章・2――
1. なりゆき
2. その後

立岩真也『私的所有論 第2版』第1章第1節


第1章は、『私的所有論』にて問われる問題を俯瞰し、同時に、その問題に対峙する際のある種の方法論を述べる章となっている。なお、原文では、第2章以降の構成が各節にてばらばらに語られているが、これについては最後にまとめて記す。

1. 私的所有という主題

[1]能力
 はじめに筆者は、「決定」と(近代的な意味での)「所有」は同じであると主張する。なぜならば、あるものを所有するということは、単にそれを所持していることだけでなく、それに対する処分権を有しているということをも意味するからである。そうすると、自己決定が大事とされるような文脈で語られる、「自分のことは自分で決める」という言葉は同語反復となる。そこで「私は何を所有=決定するのか」という問いが立つ。
 そんなことはわざわざ問うまでもないだろう、「私が私の働きの結果を私のものとする」に決まっているのだ、これに何の問題があるのだろうか、そう言われるかもしれない。だが本当にそれでいいのだろうか。筆者の問いは続く。
 そもそも、上に言った規範から我々は脱することはできるのか。人は故なく何かをなす能力を持たずに生まれる。例えば障害者。彼らはほかの人よりできることが少ない結果、この社会によって不当な不利益を被っているのだ、という意見があった。日本では1970年代頃に言われたことだったが、この行き着く先のない問いはそのまま今まで放置されてきてしまった。これについて考え直される。
 また、上に言ったような社会について、市場経済はもう前提とするしかないのだから、あとは諸々の福祉制度でどうにかすればよいのではないか、という考えもある。それでいいのか、と考えつつも、安直に反対することもできない。能力主義、業績原理がいけないとしても、どういけないのか、また代替案はあるか。社会学は、「属性原理から業績原理への移行を「近代化」の特徴として捉える」(p. 28)が、それではなぜ業績原理が選ばれたのか。身分や性別のような動かしがたい属性とは違って業績は自分の思いのままになるからだといっても、我々の能力=属性には限界があるから、必定業績は属性に依存する。そもそも能力の多寡が格差という問題を生み出している。

[2]所有=処分に対する抵抗
 私の身体、およびそれに関わることは私のものである、と言われる。しかし果たしてそうか。臓器売買、代理出産契約などは、実際に行われているが、抵抗がある(という人がいる)。すなわちこれは単なる私的所有、市場の原理で説明できるものではない。自由主義が言うように、取引の結果利益が生ずる(、だからその話の内部においてはすでに完結しているし問題はない)のは確かなのだが、そこに問題の焦点を置くのではなく、これらの取引に対する違和感を明らかにしていく。
 このように抵抗してきたのは、他ならぬ自己決定を主張する人たちである。例えばフェミニスト、障害者など。確かに、自己決定を求める立場と、臓器売買などを否定する立場の間には矛盾があるように見える。しかしそこには、この両方を同時に成り立たせる一貫した感覚があるはずである。それを探す。

[3]自己決定の外側、そして線引き問題
 また、決定できない人たちはどうなるのか。例えば、新生児、胎児、知的障害者、そもそも意識のない(なくなった)人。例外的な少数者の問題と言われるかもしれない。しかし、第一にかつて我々がみなそのような存在であったからには、決して例外だとは言えない。自己決定の及ばない範囲がある。子供に何かしらの流儀を教え込むとき、そして、いまだ生まれない存在のあり方を操作するとき。生まれたものに対して何か操作することが許されるなら、いまだ生まれないものに対しても同様に許されるのではないか、と言われるかもしれない。第二に、そもそも我々だって、決定できるものばかりに囲まれているわけではない。それが決定した方がよいものかどうかも確かではない。
 以上のように考え、筆者はこのように述べる。

ここまで記したいくつもの道筋から考えていくと、「私が作りだし私が制御するものが私のものであり、人であることの価値である」という近代社会の基本的な原則であり価値とされているものとは別の価値を現に人は有している、そうとしか考えられない。(p. 33)

しかし、その価値が、何もかもを認める、認め合うというものであれば、何もかもを無差別に扱うことにならなければならない。ここで必然的に「どこまでが尊重される範囲なのか」という程度問題が現れる。この問題に付随して、人を特権的に扱う理由があるのか、いつヒトは人になり、殺されてはならない存在になるのかという線引き問題が生じる。本書ではこれについても考察される。

 出生前診断や選択的中絶といった「優生」の問題についてはどうだろうか。優生学が批判されてきたのは、それが科学的に誤りだったこと、それが暴力であったこと、この二点においてである。しかし、科学的に正しく、誰も(肉体?的に)傷付かず、殺されない(?)のならば、人間の能力を向上させる優生学は許容されてしまうのではないか。いまだ存在しない他者の存在について我々は何を決めることができるのか。このことも検討される。

 自己所有、自己決定を認める範囲と認めない範囲がある。譲渡、交換を認め、さらに再配分が要求されるものがある。一方、あるひとのもとに置かれることは認められるが、その移動を肯定しがたい、そういうものがある。これは自己決定の原理からは生じない感覚であるが、とはいえ他者の権利を全面的に認めているわけでもない。そして、自己決定はよいものだとは思いながら、これが果たして人を人たらしめる第一原理なのだろうか、という感覚もある。以上の一見矛盾した感覚は何に由来するのか、また、その感覚(に対する問い)が現れるこの現代社会は、どのように成り立っているのだろうか。「私的所有」という古びた主題にも、まだこれだけの問いが残されているのだと、筆者は言う。

立岩真也『私的所有論 第2版』序

 初めに八つの問いが与えられる。後々引っ張りなおすかもしれないし、わざわざ自分の言葉で言い直す必要もないだろうと思ったので、ひとまずすべて引用する。

(1)一人の健康人の臓器を、生存のために移植を必須とする二人の患者に移植すると、一人多くの人が生きられる。一人から一人の場合でも、助かる人と助からない人の数は同じである。しかしこの移植は認められないだろう。なぜか。その臓器がその人のものだからか。しかしなぜか。また、その人のものであれば、同意のもとでの譲渡(交換)は認められるはずだが、これもまた通常認められない。なぜか。
(2)例えば代理出産の契約について。それを全面的によしと思えない。少なくとも、契約に応じた生みの親の「心変わり」が擁護されてよいと考える。つまり、ここでは自己決定をそのまま認めていない。
(3)ヒトはいつ生命を奪われてはならない人になるのかという問いがある。右で自己決定の論理で推し進めていくことをためらった私は、しかし、ここで女性の「自己決定」が認められるべきたど思う。
(4)私達は明らかに人を特権的な存在としている。しかしなぜか。人が人でないものが持たないものを持っているからだろうか。このように言うしかないようにも思われるが、私達は本当にそう考えているのか。また、それは(3)に記したようなこととどう関係するか、しないか。
(5)売れるもの=能力が少ないと受け取りが減る。あまりに当然のことだが、しかし、その者に何か非があるわけではない。こういうものを普通「差別」と言うのではないか。つまりそれはなくさなければならないもの、少なくともなくした方がよいものではないか。しかし、何を、どうやってなくすのか。それは可能か。
(6)他方で、私は能力主義を肯定している。第一に、私にとって価値のない商品を買わない。第二に、能力以外のもので評価が左右されてはならない場があると思う。しかし、能力主義は属性原理よりましなものなのか、そうだとすれば、なぜましなのか。また、第一のものと第二のものは同じか。
(7)生まれる前に障害のあるなし(の可能性)が診断できる出生前診断という技術があり、それは、現実には、障害がある(可能性がある)場合に人工妊娠中絶を行う選択的中絶とこみ(原文では傍点)になっている。それを悪いと断じられないにしても、抵抗がある。
(8)「優生学」というものがある。遺伝(子)の水準に働きかけて人をよくする術だという。ならばそれはよいものではないか。少なくとも批判することのほうが難しいように思われる。

 これらの散発的な問いを、次のように問い直す。「何がある人のもとにあるものとして、決定できるものとして、取得できるものとして、譲渡できるもの、交換できるものとしてあるのか、またないのか。そしてそれはなぜか」。そのうえで、私的所有というテーマについて語られてきたことを検討する。さらに今度は、問いの間にある矛盾、例えば(5)と(6)とに見られる、能力主義への相反した感情、あるいは自分の身体を自由に利用すること、自己決定への一貫しない姿勢、これらを同時に成り立たせる何かを探し出す。その何かというものは、我々の生の中に確かに存在するものであるが、これまで十分な言葉が与えられてこなかった。我々のなした「観念や実践の堆積」の裏にある隠れた前提を読み解くことで、その何か――ある感覚が浮かび上がってくる。

 筆者は加えて、単に私的所有や上にあげた「何か」を論じるのみならず、上に掲げた問いに対する「解」の提示も試みる。これまでになされてきたことというのは、問題の存在を指摘して終わっているか、生命の平等といった原理原則を唱えるだけで、現に我々が行ってしまっている線引きについて何も答えないまま終わっているか、論理の穴を残したまま「所有」と「決定」について何か言ったつもりになって終わっているか、このいずれかだという。それゆえこの本が書かれた、という由である。

 

どくしょかんそうぶん『してきしょゆうろん』

 『私的所有論』という本がある。これに巡り合ったのは多分、大学二年生の夏かそこらの頃である。知的にまだ多感だった僕は、見えない何者かにあたかも張り合うかのように、ニーチェだの倫理だの存在が云々だのといった、妙に小難しい本ばかり欲していた。そんな訳で、日頃から足繫く通っていたジュンク堂池袋店の、人文書を置いてある階でいつものようにうろちょろしていると、普段はそれほど見ることもなかった社会学コーナーの棚にふと目が行った。そしてこの本を見つけた。

 まずボリュームが異様だった。ここで見つけた版および現在出回っている版はいずれも第二版で文庫になっているのだが、やたら厚い。さっき測ったら4センチあった。ページも1000ページ近くある。そりゃあ(僕は読んだことはないけれど)京極夏彦の小説はこれよりもっと分厚いというし、そもそも本というのは厚さとかページ数とかで比較するものではないから、だからどうっていうこともないことではあったのだが、衒学的性向を持った僕にはやはりそれは(あまり良くないことだとは承知の上で)魅力的に思われた。しかしそれ以上に凄かった(と思った)のは帯にあったこの文言である。「この社会は、人の能力の差異に規定されて、人の受け取りと人の価値が決まる。それが『正しい』とされている社会である。本書はそのことについて考えようという本だ。もっと簡単に言えば、文句を言おうということだ。」恐ろしく挑戦的に思った。平等平等って言うけれど、何が平等なんだろうか、競争社会は果たして本当に平等なんだろうか、等々、社会のあれこれについて漠然とした違和感、疑問を抱きがちな人間にとっては非常に画期的な宣言であったことは言うまでもない。かくして一目ぼれした僕はためらうことなくこの『私的所有論』を手に取り、迷うことなくレジまで持っていってしまった。

 早速しっかり読んでみようと本を開いてみるが、当然のことながら出鼻を挫かれる羽目になった。まず難しい。いきなりジョン・ロックや経済の話が出てくる(経済とはいってもパレート最適や市場の失敗などのごく基本的な点にしか触れられていないのだが)。もちろんそんな素養を持ち合わせていなかった自分にとっては何ですかそれといった具合だったので、そもそも話が始まらない。様々な登場人物に翻弄される僕を尻目に議論は混迷を極める。それに加えて注が長い。今思えば全部まともに読むことも無かったのかもしれないが、僕はとにかくいちいち注に当たっていた。一つの注で長いものは3~4ページに渡るものもあった。気づいたら最初から良く分かっていない話の本筋が益々分からなくなってくる。そんなこんなで、最初のうちは100ページかそこらで音を上げてしまった。自分にはまだ早いんだなと思った。だが、いずれ絶対に読破してやるとも決心した。以上がやや感傷的な『私的所有論』との出会いの話である。

 

 『私的所有論』は、立命館大学先端総合学術研究科教授の立岩真也((による初の単著である。この本の初版が発行されたのは1997年のことで、当時の日本の生命倫理学の分野としては非常に画期的な業績だったらしいのだが、業界の人間でない僕は残念ながら、稲葉振一郎による解説などによってしかこのことを窺い知ることはできなかった。とはいえ、先程も言ったように第二版が発行されているし、ごく最近では英訳版も販売されているようだから、かの著書の価値が認められた上でこのような学問的な要請があるのは確かであるし、実際、本書の議論は従来なされてきたそれとは一線を画するように思う。「何が私のもとにあるものとされるのか、そして私はそれ(及びそれから生み出された生産物)を譲渡、交換することはどこまで許されるのか」という抽象的な問いを、「他者」という概念を通じて、代理母、人工妊娠中絶、能力主義優生学といった具体的な問題へと敷衍していく本書は、難解でありながら痛快でもある。また、巻末に付されている膨大な文献リストも、それ自体評価されるべき大事業の一つであるに違いない。

 なぜ今『私的所有論』について書こうと思ったのかというと、この本で考えられている問いとそれに対する答えが、この2016年でも、いやこの2016年だからこそ重要な意味を持っていると考えるからである。今年七月に起きた相模原障害者施設殺傷事件をきっかけに人々は、これまで何度も繰り返されては過ぎ去られてきた問題、優生思想を巡る問題に再び直面することになった。「障害者は生きている価値がない」という犯人の主張は、残念なことに決して一部の異常者が抱く極端な発想などではなく、例えばいわゆる「自然淘汰」といった言葉によって、暗に肯定され、支持されているのが現状である。何が人の価値とされるのか。持っているもの(の量と質)の多寡か。とすれば、より少なく持って生まれてしまった人は価値がないのか。『私的所有論』は、この問題について再考するための一冊でもある。

 と、ここまで来て『私的所有論』の具体的な内容に関してほとんど触れてこなかったが、それというのも僕がこの本の内容をすっかり忘れてしまったからである。とはいえ、内容を覚えていない本についてそのまま言いっ放しになってしまうのも宜しくないだろうから、ちまちまと読み進めてここに勝手に要約でもまとめてみようかと思うのである。これは誰のためというよりも、誠実たれという漠然とした規範意識、および自己満足に基づいたものだが、普段ものをろくに書かない僕にとってはちょうどいい文章の練習になるだろうとも思った。というわけで、三日坊主になるだろうことは承知の上で、つらつらと垂れ流すことになるでしょうが、どうぞ僕のことはそっとしておいて下さい。